祖母は祖父の三人目の妻だった。一人目は身体が弱くて結婚二年で死別。二人目の妻は、三年子どもが出来なかったので、お里へ返した…。そこへ祖母が嫁いできたそうな。びっくりするのは、この三人の妻、姉妹だと云うことである。つまり、同じ家から三人もお嫁さんをもらったことになる。なんちゅう祖父じゃ!今から約九十年前とはいえ、う〜んである。
よく嫁いできたねと祖母に聞くと、私は十一人兄弟の末っ子で器量も悪かったので親のいうまま来たとの事。今の時代では考えられない話である。
さらに祖父は、祖母との間に子どもを六人もうけて、さっさとお浄土へ帰っていったそうな。通夜の席、下を向いている祖母をみて、皆悲しくて泣いとるんやねぇと声をかけてくれるけど、私は悲しいどころか、さてこれからどうしたものか?と一生懸命考えとったわ!とは祖母の弁である。
夫を早くに亡くし、女手ひとつで六人の子どもを育て、やっとゆっくり出来ると思っていた矢先に、今度は二人の孫を育てなくてはならなくなった。思えば祖母の人生は、子育てに明け暮れた人生だったかもしれない。
七回忌に当たる今年。やたらと祖母の事を思い出す。叱られた事、教わった事、そして生き方…。この原稿の題名通り、「今現在説法」今まさに現れて私を導いて(説法)くれる。
先達(私より先に亡くなって行った人達)より教わった事を、生きている私たちは忘れていないだろうか?そしてちゃんと学んでいるだろうか?その事を問う行為が、実は年忌法要を営むと云う事につながっていく。